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近作報告「名古屋の家」 上棟式において |
2006.4
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名古屋市で進行中のY邸の施主様より、上棟式のお礼の手紙をいただきました。

先日は棟上げの時には大変お世話になりありがとうございました。
御陰で心の残るとてもよき日になりました。
最近では、いよいよもって家が出来上がることを実感してきて、楽しみな毎日です。青森からはるばる、ヒバが搬入され、土台となり柱となり、型となっていく姿を見るにつれ、心ある人々との縁により、良い家というのはできていくのだろうなと、そんな気がしております。
完成まで、まだまだ大切な事がたくさんあると思いますが、御指導、よろしくお願いします。
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「第22回森林浴ツアー」感想 |
2005.11
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10月10,11日<青ヒバの会>森林浴ツアーに参加されました名古屋市のYご夫妻より、感想を寄稿いただきました。

現在、私達は来年6月の我家完成に向け準備を しており、そんな中での初めてのツアー参加と
なりました。何よりも本物の青森ヒバを見たい、育った環境を訪れたいという強い気持ちがあり、それを実現する事ができ本当に嬉しく思います。
はぜた栗や落ち葉を踏みしめ森を歩き、やっと対面できた青森ヒバを眼の前に、ただただ見とれました。江戸時代から連綿と息づいてきたヒバと自分達が、今ここに同じ場所に居るという事のすばらしさ、その生命力の偉大さを感じ非常に感動しました。青森ヒバは森の父であり母である様な気がしました。
このツアーを終え、今では我家が完成した時の感動に想いをはせる毎日です。この様な貴重な経験ができたのも杉山木材の杉山社長、青ヒバの会市川代表を始めとした関係者の方々のお陰です。心から感謝申し上げます。 |

ヒバの森のコンサート
(二胡奏者王明君さん) |

Y邸は11月21日(月)に地陣祭を行い、来年6月20日の完成をめざしています。 前回のコラム、前々回のコラムで紹介しました三重県多気町のN邸「青ヒバの家」を大工さん共々見学し、出来上がりのイメージを知ってもらう予定です。
又その日に名古屋に引き返し、大工さんの仕事も施主様と共に見て、お互いの仕事をより確実に進めたいと考えています。
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「多気町の家」三重県 “住みごこち” |
2005.8
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前回のコラムで三重県「多気町の家」を紹介いたしましたが、その後施主様より“住みごこち”について、寄稿いただきました。

念願の我が家が完成して早や半年たちましたが、毎日清々しいヒバの香りに包まれて、心地良く過ごしています。
ヒバの床はとても肌触りが良く、じめじめとした梅雨の時期でも家の中ではサラサラして気持ち良く、さらに木の香りがいっそう強くたち込め落ち着いた気持ちになる毎日でした。
そして季節は暑い夏に変わり、エアコンが必要かなと思ったのですが、一度自然のままで夏過ごしを体験。これがなかなか気持ち良く、回りの田んぼ・山・川からの自然の風が家中を通り抜けて、熱気がこもらず暑い昼中でも木陰に居るような涼しさです。夜になると空気がひんやり冷えて、蛙や虫の音を聞きながら気持ち良く眠る事が出来ます。
我が家はリビングを中心に、六畳の和室・キッチン・食堂、2階ロフト(子供部屋)
・デッキが一つにつながり、全て吹き抜けで大きな空間となっているので、広く感じ毎日開放感あふれる日々です。2階の子供部屋も今のところ腰壁しかなく、ドアも無いため風通しは抜群で、家中で一番涼しい場所になりました。子供達も毎日のびのび走り回り、2階いても居間の様子が見えるので寂しく無いようです。そして天井が無く構造が現れているので、松の梁・杉の垂木・ヒバの大黒柱など木の持つ色合いの美
しさと木目を眺めて楽しんでいます。夜になると暖かい白熱灯の光に野地裏が浮き上がり、外から見ると木組みがとても綺麗に見えます。
ただ一つ困っていることが、いつまでも綺麗に保つための木の手入れ方法がわからない事です(油汚れ・シミ)。皆様方が思いを込めて建てた家を、これからも私たち家族が大切に守って行きたいと考えていますので、これからは木の専門家方々に色々教わり、勉強していきたいと思っていますよろしくお願いいたします。
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近作報告「多気町の家」三重県 |
2005.4
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この2月に完成し、引越ししました三重県N邸の家づくり体験を施主様より寄稿していただきましたのでご紹介いたします。

私たち夫婦が家を欲しいと思ったのは、長男が生まれた8年前です。
長男をベビーカーに乗せて散歩しながら住んでいたアパートの近くから土地探しを始めましたが、なかなか予算内で希望の広さの土地が見つからず父親に相談した結果、
叔母の田んぼを買うことになりました。何も知らずに口約束で売買の話を進めてしまったのですが、その田んぼは農振地区にあったために農家でない私たちでは買うことができず、色々な手続きを踏んで宅地転用の許可が下りるまでに、5年かかりました。
でもこの長い待ち時間があったおかげで、私たちは色々なことを勉強することができました。最初はどんな家が建てたいのかもわからず住宅展示場めぐりをしていたのが、ある住宅雑誌により、建築家に依頼する家づくりがあることを知りすっかり考えが変わりました。紹介されていた家はそれまで見てきた家とはまったく違っていて、
自由な発想と個性がありました。
それから住宅雑誌を読み続けることで、木の家に心引かれる様になり、<青ヒバの会>を知り京都の川口先生に思い切って連絡を取り、京都まで完成見学会に行きました。その時の感動は今も忘れません。柔らかな木の床の感触と清々しい木の香り、優しい色合いで統一された美しい家のデザイン、もうこの方にするしかないと心に決めました。
でも土地の問題で設計依頼ができたのは、それから2年後、一緒に工務店を探していただきやっと家が完成するまでにさらに2年で、もう4年も私たちの家づくりを助けていただきました。
長かった8年間ですが、色々な方たちと出会い、共に良い家づくりを目指して“力” を貸していただき、本当に充実した楽しい時間を過ごすことができました。係わっていただいた全ての方に心から感謝しています。
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近作報告「骨董と青森ヒバの家」姫路市 |
2004.12
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長年ご夫婦で教職員をされ、奥様の定年退職を期に「木の家」を建てることになりした。ご主人の趣味は骨董の収集ですが、これが生半可でない膨大な種類と量です。
奥様の最大の願いは骨董に囲まれない家に住みたい、せめて自分の領域の食堂には置かないで欲しい、と計画中から冗談とも本音ともとれる呟きです。

方針は廻りの環境より、2階に家族の集まる台所・食堂・タタミコーナーをとり、
ホー ムエレベーターを設置することにより高齢化に対応できる計画とする。又、骨董品の展示は最小限にとどめる。骨董の照明器具、古建具の一部を再利用する。
青森ヒバは柱・床・壁・建具に使いシンプルな構成にしました。

結果的に骨董品を逃れられませんでしたが、青森ヒバの香りの中、夕日が沈み、遠くにライトアップされた姫路城が見える情景は奥様の至福の一時です。
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近作報告「八木町(京都府)の家」 |
2004.5
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建築主は旅行・山登りが好きな方で、以前青森を旅行で訪れた時に「青森ヒバ」を
知ったそうです。
お住まいは八木町の旧在所の一角にあり、祖父の代からの家は老朽化が進み傾きがひどくなっていたため、建替となりました。

要望は青森ヒバを使った「木の家」にしたい。何よりもしがらみの強い在所で、青森ヒバを使い、他所の設計者、施工者を選定するについては、建築主が強い意志を必要とします。
その中で設計は、ゆったりとした敷地での配置計画として、東に納屋・土間付の作業 場、西に8帖の広縁付座敷、中央を2階建の住居部、とオーソドックスなプランです。
“田舎普請”でない、シンプルで伸び伸びとしたバランスのよい形態を計画しました。

柱は青森ヒバ、梁には岡山地区の地松を使用した真壁造りです。
上棟時に親戚、近所の方が来られて、良い木を使って柱・梁を見せる建て方は近頃見たことがなかった、バランスのとれた良い家、と話をされているのを聞いて、私も
ほっとしました。

その後仕上もシンプルで統一性のある選定により進み、4月に完成しました。
完成に近づく頃建築主より、家具を見に行ったが合うものがない、青森ヒバで造ってほしいと連絡がありました。統一性のあるシンプルな空間が異質なものを受け付けないことを感じられたようです。青森ヒバでベット・鏡台・寝室のテーブル・食卓のイ
スをデザインし、材をこちらの家具工場に支給して制作しました。
今年は完成された住宅をお借りして勉強会をする予定です。
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「我家のリフォーム体験」 |
2003.12
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3ヶ月前、突然雨漏りがしました。
我家は24年前に建てた内外共コンクリート打放し、平面4間角、2階建のいわゆる「箱の家」です。
屋根は陸屋根でアスファルト露出防水ですが、これまで無事に役目を果たしてくれていました。

当初から住み心地で言えば課題がありました。
夏、日中にコンクリート外壁が蓄熱して夜中家の中に放熱され、暑くて寝れない。
冬、夏の逆で家の中は冷凍庫のようで、ストーブを2つ焚いても温もらない。それが結露の原因となり、打放しの外壁はベタベタになり、サッシのガラス面は水滴が滝のように流れる。
横浜に住んでいる次女家族が我家に来ると“京都は寒い寒い”と言い、風邪を引いて帰ります。
今まで我慢しながら住んできましたが、さすがに私は雨漏りを機に観念しました。

リフォームは
(1)屋根断熱アスファルト防水
(2)外壁ヘアクラックによる漏れは高圧洗浄し、水性フッ素樹脂の撥水剤を塗る
(3)1・2階無垢の木が貼れる低温水式床暖房
(4)結露対策は既設サッシに真空ペアガラス入れる
(5)ほとんど収納がないのでクローゼットをつくる
(6)ドアの閉まらない浴室の全面改修
等です。
この中で青森ヒバは壁用フィンガー継12mmを床暖の上に貼り実験します。壁は10mm の小巾板を使用、クローゼットの建具は青森の前田建具に製作してもらう。高さ2m30cmの無垢の框戸です。浴室の天井にはもちろん青森ヒバを貼る計画で着手しました。

住みながらのリフォームがこんなに大変ということがよくわかりました。
それは床暖房の施工により、台所、浴室が使えないので、朝、昼食は事務所で、夕食、風呂、 洗濯物は車で15分の三女の嫁ぐ家に1ヵ月半世話になりました。
設計者の立場でリフォームを考えていましたが、今回建築主側に身を置くと、毎日の事なので疲れます。もちろん施工者も住人に気を使いながらの作業ですが、日頃付き合いのある工務店で助かりました。

終わってみれば苦あり楽ありで、青森ヒバの香りの中、床暖房の快適さ、結露しない窓はやって良かったと思っています。

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「土壁の家・その後」 |
2003.8
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前回のコラムで報告しました京都府長岡京市「土壁の家」は
6月27日に上棟し、7月21日(月)には構造見学会を開催しました。 現在の状況は、土壁の竹小舞下地で荒壁を施工中です。
今回は土壁材と「EM」について報告します。

まず下地の小舞竹は中国より輸入され、防虫処理がされています。 又、竹小舞を結ぶ縄も防虫処理品が一般的であることがわかりました。 これは土壁が使われる事が少なくなったことが原因です。
この家では竹は九州の竹(無処理)、縄はシュロ縄を使用しました。
次に土の産地ですが、荒壁は山城の粘土と真砂土は木津川上流の 高山ダム附近の土、そして中塗の土は奈良、月ヶ瀬の産地と、 環境的に汚染されていない事を建築主が確認されました。

土壁は「カビ」が発生しやすいので乾燥が条件ですが、奥様が 図書館で調べられた「EM」を3種類土に混入し、カビの発生を 抑えています。
EMはEffective Microorganismsの略で、 有用微生物群のことで、世の中に数ある微生物の中でも有用な 微生物を集めたもので、さまざまな汚れをきれいにして腐敗菌を抑える
働きをもっています。

自然素材である土も、建築主のより害の少ない素材を求める探究心により 実態が分かって来ました。この点でも今後「ヒバ油」等の活用について、
調査、実験等により確認し、幅広い活用を考えたいと思います。

木、土、壁による徹底した自然素材の家の完成は11月です。
完成見学会を予定しています。

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「土壁の家」 |
2003.5
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今、私が住んでいる京都府長岡京市で手がけている「土壁の家」が進んでいます。
延30坪、2階建ての住宅ですが、この建築主家族はアレルギー体質で、家を建てるにあたってシックハウスに対し相当な勉強をされています。

要望は化学製品(断熱材、防湿シート、水道管の塩ビ等)、合板は使用しない。電磁波に対し寝る位置から電気配線を遠ざける等、素材の厳選の他、建築主は暑がりで寒がり、しかもローコストでと、設計を引き受けるかどうか悩みました。

建築主とまず、
1) 金融公庫の融資は諦める(断熱材は使えない)
2) 土壁は中塗まで、間仕切はムクの厚板壁にする
3) 断熱材はなし(最終的に別途予算で炭化コルクを使用)
4) 建具は合板を使えないので、必要以外なし(玄関扉は青森ヒバ、その他引戸は障子を使用)
5) 2階床は杉の厚板だけで天井なし、タタミは上に敷く
6) 水道管はステンレス管を使用する
7) 2階トイレはスペースだけを確保し、将来設置する
等、設計で徹底して議論し、方針を決めました。

予算もクリアして着工していますが、土の産地でまた壁に突き当たっています。
京都は比較的土の産地(山)がありますが、建築主が産地の確認に山へ行きますと、すぐ横で産業廃棄物処理場があり土が汚染されているようであるとのこと。

7月1日より「シックハウス法」が施行され、ホルムアルデヒト対策に原則的に換気扇が義務付けされますが、住まいづくりは単純ではないようです。

この家も6月末に上棟します。 7月には構造見学会を予定しています。

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